『乗り越えるということ』高島大

 

おとさん大切な人をなくして


しばらく何もできなかった時期がある


昼か夜かもわからないような


ずっと水の中にいるような感覚で


健全とは程遠い時間を長い間過ごしてた。

 

 

それまでも


たくさん失恋もしたし失敗もしてきた


後悔したことも人生で山ほどあるけど


失恋してもまた恋すればいい


失敗してもまた挽回すればいい


後悔してもまたやり直せばいい


だけど失った人だけは二度と還ってこない


おとさんどうしてもその事実を受け入れられなくてな


哀しくて寂しくてどうしようもなかったわ。

 

 

描いてた未来の中にいた人を失うと


どこに向けてがんばればいいのか


何のために生きていけばいいのか


全身から力が抜けてわからなくなるんよな。

 

 

朝起きて


ご飯を食べて


働いて


洗濯物して


眠る


その時のおとさんには


それすらハードル高かったけど


一つ一つできることを淡々とこなし


一日一日をなんとかかんとか生きとった。

 

 

心が冷たく何も感じなくなる日


やり場のない怒りに支配される日


泣いて泣いて泣きはらす日ばかりやったけど


とにかく今日一日を


今日一日をと過ごしてきた。

 

 

そしたら不思議なことにね


いつの頃からか


心が穏やかに過ごせる日


なんでもないことに笑える日


ご飯が美味しいと思える日


人の優しさや温もりを感じられる日


そんな日が少しずつ増えてきたんよ


別にその人が生きかえったわけでも


以前と同じ日々が戻ってきたわけでもないのにな。

 

 

喪失っていうのは


人間にとって最も深い哀しみと苦しみをもたらせる


だけど同時に


人間にとって最も尊い愛と喜びについて


見つめなおす時間をもらえるモノでもある。

 

 

絶望的な孤独のどん底の中で


それを教えてくれたのは


なんでもない日常


今日一日だけ生きてみようと生きた


その一日一日の積み重ねやったように思うわ。

 

 

「乗り越える」っていうのは


涙をこらえ踏ん張ることでも


良い状況に好転させることでもなくてね


枯れるほど泣いたあと


残酷なほど何も現実は変わってなくとも


その悲しみと苦しみの中に


小さな幸せを見出していくこと。

 

 

「乗り越えた」っていうのは


一つ階段を上ることでも


大きなことを成し遂げることでもなくてね


それを思い出した時


涙じゃなくその場で微笑むことができたら


初めて本当の意味で乗り越えたということ。

 

 

それは今日一日という日常を


積み重ねた先に必ずあるからな


今日一日を生きること


人生に負けないように。

 

 

おとさん

 

 

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