高島大『パートナーのことが分からない。子供が何を考えてるか分からない』

 

俺ね

奥さんのことよく分からないんよ

娘のこともあんまよく分かってへん

 

 

奥さんとも長い付き合いになるし

娘とも長い時間一緒にいるけどね

 

 

二人が何を感じ何を考えてるのか

何が好きで何が嫌で

何を求め何を望んでいるか

知らんこといっぱいあるし

全然分からへんのよね

 

 

やからいつもね

話したいし見てたいし

触れてたいんやわ

そしたらほんの少しだけかもしれんけど

二人が今何を感じ何を想い

何が好きで何が嫌で

何を望み求めてるか

知ることや感じることができるんよね

 

 

不思議なことにそれは

出会ったばかりの頃と

一年前に望んでたこと

先週言ってたこと

昨日思ってたことと

変わってたりするんよ

 

 

例え夫婦でも

例え親子でも

別人格を持った一人の人間であり他人やからね

「分からない」のが自然なことなんよね

自分のことさえ自分でも分からないことがあるくらいやもん

 

 

ある時子どもを流産した友人の哀しみを聴いた

言葉にならない深い哀しみを

喉から絞り出し咽び泣くように打ち明けてくれた

俺は全身全霊で聴かせてもらった

だけどどれだけ心寄せ何時間耳を傾けても

その友人の痛みや苦しみ哀しみや絶望を

そのお母さんと〝同じ〟には理解することはできなかった

 

 

我が子を失ったわけでもない

同じ体験をしたわけでもない

同じ人生を歩んできたわけでもない

全くの他人である俺には

その友人の心の深淵を本当の意味で

理解することなんてできなかった

 

 

「わかるよ」なんて

口が裂けても言えへんわ

かける言葉なんて見つからへん

ただただ胸いっぱいに泣いた

 

 

時々錯覚する

人は人のことを理解できるんじゃないかと

どんな人でも話せば分かるんじゃないかと

そんな幻想を抱いてしまう

 

 

やけどやっぱり分からへんのやわ

寂しく残酷なくらい

人は他人のことを本当の意味で

理解することはできへんのよね

 

 

やから俺はいつも思っとる

人の本当の心の内は誰にも「分からない」って

俺は大切な人のことさえ何も「分かってない」って

 

 

やからこそね

「分からない」からこそ

聴こう

見よう

触れよう

感じよう

そう想えるんよ

ほんの少しでも例え一ミリでも

理解したい理解しようと

心を向けることができるんよね

 

 

「分かって」しまうと

そこで終わってしまうやんな

 

 

パートナーのことが分からない

子どもが何を考えてるか分からない

って素敵なことやん

 

 

大切な人は今何を想い感じてるんやろう

大切な人は今どんな悩みを抱えてるんやろう

大切な人は今何を望み求めているんやろう

 

 

「分からない」というスタートラインに立った時

初めてそこに想いを馳すことができるもんね

 

 

少なくとも

わかったつもりになるより

わかったふりをするより

それはずっとずっと愛のある

素敵なことやと思うわ

 

 

 

追伸

今その友人のお腹の中には

新しい命が宿っているそうです。

 

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